婚約指輪が何年後かにふと欲しくなって、いらないと言って後悔した

 

自分が結婚して5年後に友人の結婚式があり、結婚式に出席しました。

周りの友人たちは婚約指輪と結婚指輪をつけていて、とても綺麗だったから、自分ももらっていればこんなときにつけてこられたのかなと思いました。

それが後悔したきっかけです。

結婚当時はお互いそんなに貯金が余裕があるほどあったわけではないので、自分たちの結婚式や引越し諸々にお金が必要だったことや、結婚指輪が割と高いものだった為、必要性も感じなかったのでいらないと伝えました。

当時の彼の年収は600万円程度だったと思います。

決して購入できない年収ではなかったと思いますが、婚約指輪をもらったらお返しをしなければならないということも煩わしく思ってしまい、彼は買いに行こうと何度も言ってくれたのですが、それほど付ける機会がない婚約指輪に高いお金を払う必要性を感じていなかったので、購入しませんでした。

後から考えてみれば、使用頻度は少ない物ですが、思い出のものですし、なにより結婚するんだという喜びの気持ちを形に表したものでもあるので買ってもらえばよかったなと思っています。

 

愛を指輪などの物質で証明しても意味ないと思ったので、婚約指輪はいらないと言ったけどやっぱり欲しくて後悔

 

いらないとそのとき思った理由は、そんな決まり切ったやり方で愛を表現したりしたくなかったし、資本主義的なマーケティングの元で操作された”愛の形”に自分たちが囚われているようで嫌だったからです。

過去にも例えば真剣交際していた彼女に婚約指輪ではないにしろ何かしらの指輪をあげていたかもしれないと思うと指輪というものやそれをプレゼントしあう行為に特別感や自分たちの関係の唯一無二感が薄れたのも大きな原因です。

あとその物体でお互いを占有所持してる気持ちになるのも納得いきませんでした。

彼の年収は600万円くらいだったと思います。指輪じゃない物にお金をかけるほうが楽しいと思いました。

例えば別荘を買ったり、一緒に耕す畑を買ったりして何かを一緒に共有楽しむことのできるもの、思い出作りになっていくようなもののほうが良いと思いました。

でもしばらくして、まあ指輪があってもいいなと思いました。

指輪自体は素敵だし綺麗で好きだし、愛がいっぱいの心情でそれの証の一つだと思えばいいと思うようになりました。

先に挙げたような他の形での愛の表現や思い出作りも全部やればいいんだと思い直したのでその後、指輪を作りました。